イエスキリストの
愛するみなさんへ
ヒラン・インディカ
領主ヘロデはイエスについての出来事をすべて聞いて戸惑った・・・
「いったい何者だろう。耳に入ってくるこんな噂の主は」そしてイエスに
会ってみたいと思った。 [ ルカ 9:7・9 ]
一般的に考えてみると、人間の社会ではあまり戸惑うことがないように
努力しているところがよくあると思います。それは、戸惑うことはよくない、
と思ってそれによって人生の意味を失ってしまう、という考えもあるから
かも知れません。でも、すべてを便利にしすぎてスムーズに人生を送る
ことによって新しいものに出会う機会やほかの点でもっと優れた歩みが
始まるその一瞬が訪れがたくなると思いました。ですから、マタイによる
福音の言葉通り、迷わずにいた99匹の羊より迷ってしまって見つけた1匹の
ことは大きな喜びになる、ということです。
[マタイ18:13]
領主ヘロデの場合は、自分が洗礼者ヨハネに対してしてしまったことで
イエスさまと洗礼者ヨハネとの関係がわからなかったヘロデが戸惑って
しまいました。
「いったい何者だろう。耳に入ってくるこんな噂の主は」
わたしたちもこの主との関係をうまくできていない時に迷ってしまうと
思います。でもこのように迷ったり、戸惑ったりするのははっきり理解
してはいないけど2つ選択肢があることに気付いたからではありませんか。
1つしか聞いてない場合は、迷ったり戸惑ったりしないでしょう。ですから
特に戸惑ったりする時、それは神様の恵みをいただける機会になるに違い
ないのです。でもそれを味わうために私たちが戸惑ったりする時の考えの
方が大事です。それは「イエスに会ってみたい」と思う気持ちです。
世の中には迷ったり戸惑ったりする方々がたくさんいますが、それが
恵みの一瞬にならないのはイエスに会ってみたい、という思いがないから
ではないでしょうか。
ですからこういえるでしょう。
今戸惑っているあなたは幸いです。
イエスに会ってみたいと思っているからです。